山形県紅花生産組合連合会とは

山形県紅花生産組合連合会の概要


1. 連合会の設立まで

 山形県では、古来より紅花が栽培されており、江戸中期に最盛期を迎えますが、戦中に一時途絶えかけました。戦後、紅花復興のため有志による紅花振興会が昭和26年に結成され、その活動がかつての紅花産地の復興に繋がり、昭和40年に山形県紅花生産組合連合会が組織され、本格的な紅花復興が始まりました。


2. 連合会の役割

 連合会は大きく3つの役割を担っています。

2-1. 紅花加工品の伝統的な技術の継承
 定期的な技術研修会の開催、ベテラン農家による栽培、加工指導等により、伝統的な技術の継承に努めています。

 
2-2. 一元集荷による紅花加工品の品質安定
 連合会では、毎年8月下旬に紅花加工品の収納作業を行っています。その際に、農家が持ち寄った紅花加工品の品質検査を実施し、紅花加工品の格付けを行うことで、安定した品質の紅花加工品を実需者へお届けしています。

2-3. 会員相互の連絡協調

 紅花産地は点在しており、会員(生産組合)間に交流の機会が少ないのが現状です。このため、連合会では紅花振興連絡会議を開催し、会員のみならず、需要者との交流の場を提供しています。

山形県紅花生産組合連合会の概要


1. 連合会の設立まで

 山形県では、古来より紅花が栽培されており、江戸中期に最盛期を迎えますが、戦中に一時途絶えかけました。戦後、紅花復興のため有志による紅花振興会が昭和26年に結成され、その活動がかつての紅花産地の復興に繋がり、昭和40年に山形県紅花生産組合連合会が組織され、本格的な紅花復興が始まりました。


2. 連合会の役割

 連合会は大きく3つの役割を担っています。

2-1. 紅花加工品の伝統的な技術の継承

 定期的な技術研修会の開催、ベテラン農家による栽培、加工指導等により、伝統的な技術の継承に努めています。

 
2-2. 一元集荷による紅花加工品の品質安定

 連合会では、毎年8月下旬に紅花加工品の収納作業を行っています。その際に、農家が持ち寄った紅花加工品の品質検査を実施し、紅花加工品の格付けを行うことで、安定した品質の紅花加工品を実需者へお届けしています。

2-3. 会員相互の連絡協調

 紅花産地は点在しており、会員(生産組合)間に交流の機会が少ないのが現状です。このため、連合会では紅花振興連絡会議を開催し、会員のみならず、需要者との交流の場を提供しています。

紅花生産組合紹介

令和5年4月現在

紅花生産組合紹介

令和4年4月時点

出羽もがみべにばなの会

  • 組合員数:5名
  • 結成年度:昭和54年

〈先人の努力を次世代へ繋ぐ〉

江戸時代、「最上千駄」と言われ全国の半数以上を生産していた山形の紅花も、明治に入ると安価な輸入物と化学染料に押され国内の生産は激減していきます。幸い、出羽地区には、県の農事試験場、染色学校があり、それに地区民の熱い思いで紅花栽培は続けられ、明治42年、昭和4年の伊勢神宮の式年遷宮、大正8年の明治神宮造営、昭和天皇の即位式には、地域一丸となって紅餅を納めました。戦後は、先の大戦で途絶えた紅花の種をいち早く見つけ出し、県内に広めたと言われています。
  「出羽もがみべにばなの会」は、昭和54年に発足し、安定した紅花栽培と高品質の紅餅生産に努め活動を続けています。平成12年からは、総合学習の一環として地元出羽小学校で紅花栽培と紅餅作り、紅染めに取り組んでいます。
 今に残る紅花の文化を地区民と共有し、先人の努力と功績に光を当て、技法を守り育て次世代に繋げていきたいものです。

出羽もがみべにばなの会

  • 組合員数:5名
  • 結成年度:昭和54年

〈先人の努力を次世代へ繋ぐ〉

江戸時代、「最上千駄」と言われ全国の半数以上を生産していた山形の紅花も、明治に入ると安価な輸入物と化学染料に押され国内の生産は激減していきます。幸い、出羽地区には、県の農事試験場、染色学校があり、それに地区民の熱い思いで紅花栽培は続けられ、明治42年、昭和4年の伊勢神宮の式年遷宮、大正8年の明治神宮造営、昭和天皇の即位式には、地域一丸となって紅餅を納めました。戦後は、先の大戦で途絶えた紅花の種をいち早く見つけ出し、県内に広めたと言われています。
  「出羽もがみべにばなの会」は、昭和54年に発足し、安定した紅花栽培と高品質の紅餅生産に努め活動を続けています。平成12年からは、総合学習の一環として地元出羽小学校で紅花栽培と紅餅作り、紅染めに取り組んでいます。
 今に残る紅花の文化を地区民と共有し、先人の努力と功績に光を当て、技法を守り育て次世代に繋げていきたいものです。

白鷹紅の花を咲かせる会

  • 組合員数:30名
  • 結成年度:平成6年

〈日本の紅をつくる町〉

平成3年から紅花栽培を始めた今野正明事務局長を中心に、平成6年に8名の有志で「白鷹紅の花を咲かせる会」を設立。
 白鷹町は、室町時代から紅花栽培がなされ、領内きっての紅花生産地であった。(天正、文禄検地を基に編纂されたとされている「邑鑑(むらかがみ)=上杉家文書」による。)
 会設立から白鷹の紅花の復活をめざし、本格的に紅もち、すり花および乱花の出荷を行い、平成16年からは紅花生産量県内一位を占めている。(平成24年の175㎏を最多に、山形県生産全体の約6~7割を占める。
 平成7年から当会が始めた「白鷹紅花まつり」は、平成27年度で21回目を迎え、春のサクラ、秋のアユ、冬の隠れそばとともに、白鷹の「日本の紅をつくる町」観光イベントの一翼を担っている。
 最上紅花は、口紅や染織等日本の伝統行事などに欠かせない存在であり、本会では、古の先人が残してくれた歴史と伝統に基づく最上紅花を誇りに思い、栽培加工を継承し、これらの伝統文化を後世に伝えて参りたいとしている。

白鷹紅の花を咲かせる会

  • 組合員数:30名
  • 結成年度:平成6年

〈日本の紅をつくる町〉

平成3年から紅花栽培を始めた今野正明事務局長を中心に、平成6年に8名の有志で「白鷹紅の花を咲かせる会」を設立。
 白鷹町は、室町時代から紅花栽培がなされ、領内きっての紅花生産地であった。(天正、文禄検地を基に編纂されたとされている「邑鑑(むらかがみ)=上杉家文書」による。)
 会設立から白鷹の紅花の復活をめざし、本格的に紅もち、すり花および乱花の出荷を行い、平成16年からは紅花生産量県内一位を占めている。(平成24年の175㎏を最多に、山形県生産全体の約6~7割を占める。
 平成7年から当会が始めた「白鷹紅花まつり」は、平成27年度で21回目を迎え、春のサクラ、秋のアユ、冬の隠れそばとともに、白鷹の「日本の紅をつくる町」観光イベントの一翼を担っている。
 最上紅花は、口紅や染織等日本の伝統行事などに欠かせない存在であり、本会では、古の先人が残してくれた歴史と伝統に基づく最上紅花を誇りに思い、栽培加工を継承し、これらの伝統文化を後世に伝えて参りたいとしている。

山形市高瀬紅花生産組合

  • 組合員数:14名
  • 結成年度:昭和61年4月

山形市高瀬紅花生産組合

  • 組合員数:14名
  • 結成年度:昭和61年4月

株式会社みどり農園

  • 組合員数:1名
  • 結成年度:2008年

株式会社みどり農園

  • 組合員数:1名
  • 結成年度:2008年

里山工房

  • 組合員数:2名
  • 結成年度:平成25年

里山工房

  • 組合員数:2名
  • 結成年度:平成25年

啓師の里 花と史跡の里づくり

  • 組合員数:20名

啓師の里 花と史跡の里づくり

  • 組合員数:20名

工房まゆはき

  • 組合員数:2名

工房まゆはき

  • 組合員数:2名

落合「最上紅花」若菜を広める会

  • 組合員数:11名

落合「最上紅花」若菜を広める会

  • 組合員数:11名

河北町紅花生産組合

  • 河北町紅花生産組合
  • 組合員数:2名

河北町紅花生産組合

  • 河北町紅花生産組合
  • 組合員数:2名

株式会社タックル・ファーム

  • 組合員数:2名

株式会社タックル・ファーム

  • 組合員数:2名